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2006年06月16日Fri

ダウン症の告知(予告)。


朝、6時過ぎに産まれたアンジ。
何百人もの赤ちゃんを取り上げてる先生は、産まれた瞬間、アンジが
ダウン症だと思ったそう。
私は初めての子供だったので、そんなのは全然分からなくて、ただ
「生まれたての赤ちゃんはほんまぶっさいくやな~」としか思わなかった(笑
(これはアンジがダウン症だから、とかじゃなくてハグの時も思った汗とか


先生は、いつどんなタイミングで私に言おうかドキドキしてたらしい。
そして昼過ぎ、先生が部屋にやってきて、すごく言いにくそうに
「実はな、アンタの赤ちゃん染色体のな・・・」って言われて、全然そんな知識も
なかったのに、なぜかサラっと「ダウン症ですか?」って言葉が出てきた。
今も不思議。
めっちゃビックリしたし、落ち着いてたわけではなかったんやけど冷静に話は聞いてる自分がいた。
心臓疾患やら何やら調べる為に、すぐ上本町の日赤に連れてく事になり、
私も一緒に行くって言うたけど、アカンと言われて先生と実母のエミちゃんが行ってくれた。


アンジがいなくなったその間、部屋でポツンと1人になって
色んな事をグルグルグルグル考えた。
あの時は正しい知識がなかった分、悪い方へしか考えが行かなかったな。
とりあえず昼からオオツの父ちゃん母ちゃんと妹ちゃんが来てくれるっていうてたんやけど
心配させたくなかったので事情を話し、「お見舞い、明日にしてもらって」とだけ言うた。


そしたら30分もしないうちに、目に涙を浮かべた秋バァ(お姑さん)が走りこんできて、
私の手をガッっと握って 「何も心配せんでも大丈夫」って言うてくれた。
この言葉にすごくすごく救われたのを今でも覚えてるなぁ。


で、いつものワタシは、辛い事があるとすぐに殻に閉じこんで
悲劇のヒロインぶるくせがある。
というか、その時はほんとにご飯とかいらんくなるんやけど。
今回も、食事を運んできてくれた大先生に「いらん」て言うたら。
「泣きな。アンタが食べんで誰がおっぱい出すの。」って言われて。
優しい言葉で慰めてくれるのかと思いきや、こうもキッパリ怒られるとは。
さすが大先生ぎょえー!
でも、「そりゃそうだ。」と妙に納得。
切り替え早すぎるぜ、ワタシ。
結局、日赤から帰ってきたアンジを迎えたとき、私は口いっぱいのご飯を頬張ってた(笑


心臓は元気やった、って事だけ確認して、後の事は後でまた考えよう。
今はおっぱい飲むのがヘタクソなアンジの為に、ワタシがどんどん乳を生成しよう。
と、入院中はその事に没頭した絵文字名を入力してください


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2006.06.16 |   *ダウン症告知(予告)

2006年06月16日Fri

名前の由来

「あんじ」とは。。。



・アンネフランクのようにどんな状況下でも笑顔を忘れず、


・アン王女(ローマの休日のオードリー)のように凛とした美しさを持って、


・アンジェリーナジョリーのように強い心と人を慈しむ心を持って欲しい。



という思いからつけました。
あと、響き。
海外いっても「アンジー素材屋405番地・ハート03」とかわいがってもらえるように。
実際、バリ行った時みんなにすぐ名前覚えてもらってた☆


当初、「杏路」って漢字を考えたんやけど、字画がイマイチで結局ひらがなにしました。
けど、後になって考えるとあんじにはひらがなのこの名前がピッタリやなぁと思う次第です。
そして、「どんな時にも笑顔を忘れず、強く生きて行って欲しい」と願ってつけた名前は、
本当にあんじがダウン症として産まれてくるのを予感していたみたいだなーと思うのです。
あー神秘的smile

2006.06.16 | anjie

2006年06月15日Thu

桃太郎での5日間。


6・15~20  桃太郎生活桃 


入院中、ほんとにいっぱいお見舞い来てくれて
心配かけました。
後から聞いた話によると、「ダウン症の可能性がある」って言われてるのに
モリモリご飯食べてる私は相当強がってるように見えたそう。
記憶があまり無いんやけど(人間の防御本能っていうのかしら。この辺の記憶が
あんまし残ってない寝る
でも、ほんとに


「腹が減っては戦ができぬ」


とはよく言ったもので、あの時はそんな気分だった気がする。
「アンジはダウン症」って事で奈落の底に落ちた気分やったけど
「しっかり食べておっぱいいっぱい出さな!」という理由で、谷底から引っ張りあげてくれたのも
アンジやったsmile


入院中、母乳を直接飲む力が無く、絞って哺乳瓶に入れてあげてた。
1回平均30ml~50ml。
声を上げて泣く事はほとんど無く、一日22時間くらい寝てはったので、
見舞い客で、あんじの目が開いた姿を見た人はかなりレアやったかも。



私が入院してた時、桃太郎には私を含め2人。
今考えると、ちっちゃな産院で産んで良かったと思う。
あの状態で幸せオーラ満開の人たちと接するのは
しんどかったかなーって思うので。
しかも、料理は超豪華で美味しかったし、ただの畳の部屋やけど
一応は個室やったし。
そして出産費用は35万!」
高いとこやったら50万とかやもんね~えぇ   


とにかく、助産師さんはめちゃくちゃイイ人やったし(師匠と呼んでた(笑))、ご飯作ってくれる
オバチャンもエエ人やったし、家庭的な産院での出産は、一度経験してみると良いかもです。

2006.06.15 |   *0ヶ月~

2006年06月15日Thu

出生時DATE

いちごケーキ HAPPY BIRTHDAY あんじいちごケーキ


2006年6月15日傘AM6:05(分娩時間 3時間12分)


パイナポー身長→45・6cm


パイナポー体重→2714g


パイナポー胸囲→30cm


パイナポー頭囲→32cm



哺乳力 → 弱い(母乳を搾って哺乳瓶であげてた)

黄疸   → 出たものの、退院時には問題ない範囲に。

先天性代謝異常検査 → 異常あり(後に先天性甲状腺機能低下症と分かる)

2006.06.15 | anjie

2006年06月15日Thu

あんじ出産。

初めての出産に選んだ場所は


「桃太郎助産院」


28年前、私が生まれた場所。
後になって周りからは「一人目やのに、よく助産院で生んだね~」って
言われたけど、その時は何も深く考える事無く、自分が産まれた所で
産みたいと思った。


とにかく安産で産みたかったので、先生の言いつけをキチンと守り、体重管理も
怠らず、運動もしまくった。
特につわりもほとんどなかったのですこぶる快適な妊婦ちゃん生活でした。
妊婦の時しか出来ないであろうファッションを楽しみ、電車に乗っては席を譲ってもらえちゃう
ちょっとスペシャルな期間でした。


桃太郎の先生は厳しい人で、「陣痛がきてもスグに産まれる訳ちゃうねんから
5分間隔ならな来たらアカンで。特に夜中は来んといてや」としつこく言い渡されてたので、
実際、夜中の2時に陣痛が来たときもその事が頭をよぎり、「まだまだガマンしやな~」と
ひたすら家でガマン。


というか、初めての出産なのでそもそも陣痛がどんなもんかも分からず。
「もしかしてこれで行って『こんなん陣痛ちゃうわ!』って怒られたらどうしよう・・・」とか何とか
考えてるうちにチュンチュン。と、小鳥のさえずりが聞こえてきた。朝の5時。
意識が遠のく位の痛みになってきたので「もう怒られてもええわ~」と産院へ行くと
子宮口全開!


バタバタと分娩台へ移動(っていうても診察室のすぐ隣)して先生が助産師さんをケイタイで
呼び出すものの、間に合わず(笑
結局、大先生(先生のお姑さん。推定80歳。私を取り上げてくれた人。)と先生とオオツと
私の母の4人に見守られ、無事出産。
天井に貼ってある呼吸法の紙を見る余裕もあり、2回イキんだらツルっと出てきた。

出てくるまで性別は聞いてなかったので、「あんじ」って名前が気に入ってたから出来れば
女の子がいいな、と思ってた私。(男の名前はイマイチええのが浮かんでなかった)
なので出てきた瞬間、「あんじや~!!」と思わず第一声が出ました。
ちっちゃな泣き声と共に、この世に誕生したちっちゃな命。
何て神秘的なんだろう、って改めて出産という体験が出来た事に喜びを感じました。

2006.06.15 |   *妊婦生活~出産

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プロフィール

kaori

Author:kaori
家カフェopen。
お店の案内や、日々のお料理のこと、お家のこと、
5人の子供たちのこと。

あと、1番上のお姉ちゃんが
ダウン症なので
たまーにはお勉強的な事も。

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